2008/11/23 (Sun) 03:21
なにも考えず。。。


ゆっくり身体と話をする時間。


もう長い付き合いだから、
ちょっとお互いの都合が合わないくらい大丈夫。


わたし達なら
2つの点の中間地点を目指せる。


話し合いを拒絶したり
あいまいにしたり
諦めさえしなければ
わたし達はひとつの点になれる。


貴女が活きることは
わたしも生きることなんだ。


ジムの後
久々にプールに直行した。

昨日美歩氏との水泳話で急に水に触りたくなった。

いっつも苦しくて嫌いだったクロールを
気持ちよく泳げるようになりたいと思った。

いつも一人で泳いでいるつもりだったけれど
本当はそうじゃない。


貴女が楽に呼吸し指の間に流れる水を感じて初めて
わたしはイルカになれるんだ。


身体と心。
一番近くにいる友達。


魂とその入れ物としてだけでなく
貴女が応えてくれると
わたしは「生きている」と実感できる。


もっとおしゃべりしよう。



貴女と話したいことがたくさんあったんだ。



今日は夢中になって
前よりたくさん泳いだね。


時間が過ぎるのも忘れて
貴女の手と足がふやけてしまうくらい。


いつか一緒にイルカになろう。


わたし達ならきっと水とも友達になれるよ。

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2008/11/20 (Thu) 00:40
素敵な人。。。



綺麗な人。
彼女はとても素敵。


意味ありげに下げた視線と
伏せた長い睫毛。
かと思いきや
それを払拭するような
笑い声を挙げる大きな唇。


時折わたしのことを「貴女」と呼ぶ貴女。


「他人行儀と思う人もいるから気をつけてるの。
 わたしの悪い癖ね。」


でも貴女がそう呼んでくれると
わたしはいつも少し嬉しくなりました。


他人としてや子どもの意地を砕く呼び方。


ウソがつけない貴女にとっての誰かの呼び名。


「君」でも「お前」でもなく「名前」か
真剣に向き合うときは暖かな「貴女」。


在りのままの貴女はいつも
わたしのとても好きな呼び方をしてくれた。


長い睫毛
笑う大きな唇。
長い手足。


以前にも増して
素敵に見える。


過ぎさった日々に
いま感謝しています。


10年、20年後に
こんな女性でいたい。


貴女のように
真っ直ぐ生けない世の中なら
貫くような何かを掴んで生きたい。

2008/11/19 (Wed) 00:13
猛烈に掃除するの巻。。。


小物は捨てようかどうしようか
迷った瞬間に捨てる。

迷ったものは半年後にも同じように悩み結果お蔵入りし
必要のないときにだけ眼に触れ「ああこういうのもあったな」と
回想の対象としてだけ何年間もそこに存在し続ける。

捨てるものが多くて始めはなんだか損した気持ちになったこともあるけれど
結果残った数少ない生活に必要なモノは長いこと重宝され
徐々に同じものは二つと必要なくなってくる。

大切なのは
数じゃない。

すぐ手に入るものもある。
捨てるのがた易いものもある。

増やすことだって
減らすことだってできる。


掃除するのは楽しい。


せっせと掃除機をかけホコリをはらい
数少ない家具を綺麗にする。
シーツ類も洗いにかける。

高価なモノはないけれど
綺麗になると自分が気持ち良いし
彼らも嬉しそうにしているように見える。


散らかっていたものを片付けると
彼らの姿がよく見える。


あぁ、そうそう。
サワラの水槽も水換え。


最近サワラを見ていて思うのは
「ウーパールーパーって何年ぐらい生きるんだろう」


お前がいなくなったら
悲しいよ。


わがままだけど
まだ側にいてね。



FINEPIX 015

2008/11/18 (Tue) 03:14
sound of music。。。



空を飛んでいるような気持ちになったり
自分が別人になったようであったり
まるで違う場所に立っているように感じたり


音が響き入り込んでくると
普段は意識することの出来ない
自分の中のある部分が震えているのが分かる。


それはなんていう器官なんだろう。


用量を上手く分けないと一度どっぷりと浸かったら二度とそこからは戻って来れないんじゃないかと思うくらい心地がいい。


音楽は麻薬に似てると思う。



でもやっぱり
止められない。



それどころか
買っちゃった。


友達に勧められたスピーカー。


ヒトは欲深いもんなんですな。。。


2008/11/17 (Mon) 02:08
どこへ行くのだろう。。。


そんなこたぁ誰に聞いたって教えてはくれない。
それを決めるのは自分なんだ。

私が信じるのは私で
貴方が信じるのは貴方なんだ。

でもどうだろう。
少し寂しくはないだろうか。

雄大な景色。
壮大な遺跡。

行く先には
目的地には
その場所には
誰も立ってはいないのだろうか。

言葉という理性を燃し
いくらかのものを受け入れ
いくらかのものを拒絶し
本能という肌と心を交える行為を堤防の向こう側に置く。

なのになぜ
貴方と私は側にいるのだろうか。

明日か、
明後日か、
来年か何十年後か、
その先のために正直に生きる貴方の
いまこの場所は
貴方にとって必要なものなのだろうか。


探求は続いてゆく。


でも
なぜ
貴方は
私と
いま
ここに
いるのでしょうか。

言葉や
それを超えるものが、
ここには存在しているのではないでしょうか。



いまは
将来の
誰もいないもののために
存在しているのでしょうか。


いつか貴方が描く風景画に
私は存在しないのでしょうか??


ただ、わたしはここに
この場所に
存在しているよ。


水面下で
存在しているよ。




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